国際移住者デーに際し、南米コロンビアと中米パナマを結ぶ危険な移動ルート、「ダリエン地峡(Darién Gap)」を訪れたヴァレリー・ドゥルダン(Valerie Dourdin) IPPF人道支援部長より現地の状況とIPPFの活動について報告します。
「移動する人々」
「移動する人々」とは、紛争、暴力、経済的苦境、気候変動などの理由から、半ば強制的に本来の住居地を離れて移動する人(移民)を指します。移動する人々の多くが、母国での選択肢を全て失い、安全、機会、生存のために出国を余儀なくされた人々です。このような避難の旅は非常に危険で、数週間、数カ月、あるいは数年かかることもあります。身分証明書がない移民は非正規ルートで複数の国を横断しなければならず、途中で暴力や搾取の被害にあったり、人身取引に巻き込まれる危険にも直面します。
現在、世界では大きく分けて二つの主要な移動ルートがあります。一つ目はアフリカ大陸を縦断するルートで、移民は地中海を目指して北へと移動します。二つ目はアメリカ大陸のルートで、多くはチリ、アルゼンチン、ハイチから始まり、コロンビアや中米を北上してアメリカを目指します。近年では、アフリカや遠く中国からも南米に渡り、このルートを進む人々が増えています。そしてこのルートで特に危険な通過地点となっているのが「ダリエン地峡」です。コロンビアとパナマの間に広がるおよそ70マイル(約113キロメートル)の密林地帯で、極めて過酷なルートとなっています。
女性やその家族は移動に際して大きな苦難を強いられていますが、彼女たちが受ける暴力や搾取、生き抜く手段について語られることはほとんどありません。
ダリエン地峡を渡るということ
ダリエン地峡は、アメリカ大陸の移動ルートの中で最も危険な国境越えのひとつであり、一帯を武装犯罪組織が支配しています。旅をする家族にとっては、悪夢のような道のりです。川は突然増水し、深い森は迷いやすく、多くの人々が忽然と姿を消します。健康な若者なら5日で渡れるかもしれませんが、小さな子を連れた母親だと10日から15日以上かかることもあります。
2022年に訪れたときは、このルートを利用する人が増え始めていました。2023年には約60万人に上り、2024年は約23万人に急落しましたが、私が強く感じたのは、人々の切迫感が増していることです。十分な資金や情報を持たない低所得の家族が増え、その多くが密航業者に全財産をだまし取られています。女性たちは「戻る場所がないから、前に進むしかない」と語っていました。生まれたばかりの赤ん坊を抱いて移動を始めようとする母親や、ビーチに行くと思っている幼い子どももいました。どの親も子を守るために十分な備えができているとは言えない状況です。
2022年の時点では、地峡のジャングルには入ることさえできませんでした。現在はけもの道のようなものがあるものの、ぬかるみがひどく進むのに時間がかかり、荷物を持っての移動は困難なため、大抵の家族は終着地のパナマに到達する頃には身一つになっています。報告によると、このルートを渡る女性のおよそ3人に1人が性暴力を経験し、半数以上が強盗の被害に遭っています。
IPPFコロンビアの活動
IPPFコロンビアは、50以上のクリニックを運営し、数十年間に渡ってセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(SRH)サービスをコロンビアで提供してきました。危機的状況にも対応し、その活動は高く評価されています。多くの移民はダリエン地峡に入る前にネコクリやカプルガナなどの町に立ち寄ります。私たちが検討したのは、その地域でのIPPFのモバイルクリニックのサービスをさらに充実させることです。クリニックでは、家族計画、HIV検査、性感染症(STIs)検査などのSRHサービスを提供しています。ダリエン地峡の終着地であるパナマでは、地峡に入る前と通り抜けた後の両地点で女性が支援を受けられるよう、SGBVを中心にSRHケアの連携ネットワークの構築について、地元団体や政府の組織と話し合いました。
when
country
コロンビア, ベネズエラ, パナマ
region
アメリカ・カリブ海地域

IPPFコロンビアは、モバイルクリニックを通じて、コロンビアを移動する人々にSRHケアを提供しています
IPPFコロンビアは、モバイルクリニックを通じて、コロンビアを移動する人々にSRHケアを提供しています移動する女性が直面するSRHの課題
移動する女性、女児、周縁化された人々は、非常に大きな、そして見過ごされがちなSRHの課題に直面します。移動途中には暴力、搾取、人身取引、性的暴行が横行し、女性たちに意図しない妊娠、性感染症(STIs)や精神的なトラウマを引き起こしています。しかし、多くの移民は身分証明書を持たず、どこで、どのように支援を受ければいいのか知りません。移動ルート上では、SRHサービスや心理社会的支援はほとんど存在せず、こうした課題は、女性にとって安全でプライベートな空間がないことで、さらに深刻になっています。
従来、人道支援物資は全員に一律配布です。つまり、早く行き渡らせるために誰もが同じ援助を受けるということです。しかし、女性のニーズは男性とは異なり、女児のニーズは男児とは異なります。LGBTIQA+ の人びとのニーズも違います。ターゲットに見合った支援を提供しなければ、特定のニーズは満たされません。
IPPFコロンビアの特定のニーズ対する支援
IPPFコロンビアは、ダリエン地峡への拠点であるネコクリとカプルガナにモバイルクリニックを設置し、必要不可欠なSRHサービスを提供しています。IPPFの人道支援資金により、IPPFコロンビアは今後サービスを拡大し、性とジェンダーに基づく暴力(SGBV)のサバイバーの対応を強化するなど、移動する女性と女児のニーズにさらに対応していきます。また、非常ランプやホイッスル、着替えやトイレの際に身を守る簡易スカート型シートなど、女性がより安全に旅をするための必需品も配布する予定です。
移動する女性と女児への対応における加盟協会(MA)の重要性
IPPFはローカリゼーション(現地主導)を活動の中核に据えています。対応をゼロから始めるのではなく、何十年にもわたり地域社会に根ざして活動を続けてきた信頼できる加盟協会(MA)と協働します。IPPFの役割は、危機発生時に迅速に行動できるよう加盟協会を支援し強化することです。IPPF人道支援チームは、準備・対応、資金、技術サポートなど、持続可能で効果の高い対応に必要なものすべてを提供しています。
IPPFの今後の取り組み
IPPFの最大の強みの一つは、国境を越えて加盟協会がつながっていることです。移動する女性たちが必要としているのは、1回限りではなく、移動の過程での継続したケアです。必要なSRHケアにアクセスできる安全な場所のネットワークを、主要な移動ルートや国々に構築することが必要だとIPPFは考えています。加盟協会の組織同士が経験を共有し、共にプログラムを設計することで、このようなサービスが提供可能となります。
例えば、ベネズエラから避難の旅を始めた女性は、コロンビア、グアテマラ、メキシコなど、移動途中でIPPF加盟協会のクリニックに出会い、そこは安全で助けを求められる場所だと認識できます。IPPFは家族計画、緊急ケア、SGBVケア、心理社会的サポートなど、あらゆるニーズに応えられ、これが女性たちの安心につながります。
IPPFはダリエン地峡だけでなく、女性たちが同様の課題に直面しているアフリカ大陸縦断を含む他の移動ルートにも活動を広げることを目指しています。支援基盤の強い加盟協会がある国々を特定し、女性たちへのSRHケアを確実にするとともに、食料、水、シェルターなどの支援を行う他の団体とも連携していきます。
世界のさまざまな移動ルートで継続的な支援を提供する人道支援団体は他にありません。IPPFは「セーフ・パッセージ(Safe Passage)」プログラムを通じて、その実現に取り組んでいます。IPPFのネットワークは、独自の強みです。加盟協会は、すでに地域に根付いており、地域社会からの信頼も厚く、適切なケアを提供する体制が整っています。
移動の途中にもSRHケアを受けなければ、女性と女児は短期的にも長期的にも、身体的にも精神的にも計り知れないダメージを受けます。必要不可欠なSRHおよびSGBVケアを通じ、IPPFは女性が人生で最も恐ろしく危険な旅を乗り切る手助けをすることができます。
*本文は英語サイトの抄訳です。